メュ!

メュ。

ガラス1枚

「入籍しました。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょうど就職を皮切りに、周囲で目や耳にする機会が最も増えた報告だ。

 

実の兄が1人。

職場の先輩が3人。

同窓会で再会した高校の部活の同級生がほぼ全員。

Twitterのフォロワー多数。

 

 

 

 

「おめでとう!末永くお幸せに。」

 

 

 

 

初めは素直に伝えられた上の祝意は回を重ねるごとに表現できなくなっていき、今では「報告」を知覚してから反射的に芽生えては全身に重くのしかかる劣等感と嫉妬心が、堪え難いストレスを生んでいくばかりだ。

 

 

俺は世界中の誰よりも自分自身が好きなタイプなので結婚して自分だけの時間が取りづらくなるのは非常に苦痛だし、パートナーを気にかけながら生活するのは厄介だし、子供は嫌いだし…このように嫁を娶る人生に不適合であることは痛いほど自覚しているので、天地がひっくり返っても結婚はできない(してはいけない)。

長期的に見た金銭的なリスクもでかい。反りが合わずに離婚して慰謝料だの養育費だの理由をつけて一生金を毟り取られる人生を想像したら恐怖で震えてしまう。

 

 

 

そう、俺は結婚したくない。

 

 

にもかかわらず、周囲の誰かが結婚すると途端に心が掻き乱されて落ち着かなくなる。

 

 

 

高校の同窓会は地獄だった。

10年ぶりに顔を合わせた人間は皆、マルハンの店員のような不気味な笑顔をしつらえて悉く「入籍しました入籍しました入籍しました入籍しました入籍しました」と呪詛のように喋る。それから集団で幸せを唱え合うグループが完成する。

 

結果、店で吐きかけた。もう未来永劫、この会には参加しないと心に誓った。

 

 

 

 

自分でしたくもない結婚という他人の既成事実にここまで心を抉られるのはきっと、結婚というイベントが「ごく普通の人生を送る人」にとっての幸せの最たる象徴であり

「ごく普通から反れていくだけの人生」のレールを走る列車の窓から、だんだんと遠ざかっていく「ごく普通の人生」への憧れを指を咥えて見ているしかない現実があまりに悔しく、辛すぎるからなのだと思う。

 

 

 

敷かれてしまったレールの向き先は変わらない。

ただ虚無に向かう片道通行の列車の中

同乗者も………あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向こう側――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつから?最初から?

列車の中で俺はずっと、偽物を見ていた…?

 

 

そう、Twitterで結婚報告を見るのが一番キツい。

普段、俺と同じようなカテゴリの人間ばかりを見ているからだ。

俺はこのまま死にゆくのに、君はどうして…

 

 

 

 

えっ?

 

 

 

 

 

し、幸せ?????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異常者は、俺だけ???????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供の頃にショーケースのガラス1枚を隔てて見ているだけだった憧れのオモチャも、大人になれば容易く入手できるもの。

それを知っているはずの両親が頑なにオモチャを買ってくれなかったのは「憧れは容易く手に入らない」ことを知らずのうちに理解させるためだったなんてことは、子供の俺には知る由がない。

 

 

俺は今、俺と「普通であることへの憧れ」のあいだを隔てている正面の1枚のガラスを、ほんの少し、指先で触れることすら叶わない。

 

抱きしめたい憧れはどんどん離れて今にも消失点と同化してしまいそうなのに

正面のガラスに反射した光の輝きだけは、近くても遠くても全く変わらないのだ。

 

 

 

 

それがたまらなく、つらい。